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【2018/05/21 12:18 】 |
後期試験の思い出1
思い出せるうちに思い出してみようシリーズ。

今ここにいるのはこの試験に合格したおかげ。
確かインフルエンザ関係で試験日程がだいぶ遅くなってた。

前期試験の発表が確か3月11日くらいで、後期が14日ぐらいだったかな?
そのときは前期もといセンターの失敗を引きずりまくってました。
私はそのころ予備校の寮にいたんですが、
寮の友達が前期で合格を決めて一人、また一人と
退寮していくのを見送るのがとても辛かったことを覚えています。
いっつもみんなでわいわい言いながらご飯を食べてたのに、
がらーんとした食堂で一人で食べたご飯は本当つらかった・・・

なんで?なんでこんなことになっちゃったん?
って後期試験の日までずっと思ってました。
当然赤本なんてまったく手につかず、
去年の分だけ見て
「ああ、こりゃ辞書が手元にあっても読むのしんどいわ」
とだけ思ってました。

センターの成績から判断して、合格するには7割程度必要だったはず。
ああこれは無理そうだなって思っていました。
またそのとき私立に合格が決まっていたので、一応受けてみて
もし無理だったらそこに行こうと思っていました。

これからあんな田舎まで行かなきゃいけないのか・・・めんどくせー
とぐーたら思ってるうちに当日。前日泣いてたので目が腫れて開かない。
羽田から1時間飛行機に乗り、ついた先はやはり田舎。
空港についた瞬間「田舎オーラ」をキャッチし、その場で帰りたくなりました。
地方空港と羽田空港ってそのくらい規模が違うんですよ。

ただ、あのとき私の中に
「こんなとこまでわざわざ来たんだから、やれるだけやって帰ろう」
という思いがありました。この一種の開き直りが合格につながったと思います。
この開き直りは私立の合格あってこそでした。
だから今でも私はその大学に感謝しています・・・(過去記事参照)

その後ホテルで一泊。
そのころ東京に住んでいたので、夜にその街の暗さに心細くなる。
私の第一志望(地元)に受かった知り合いに突発的に電話しました。
再受験で面接が不安なことを告げると、彼なりに励ましてくれて、
その心遣いがとても嬉しかったです。(彼は結局そこへ進学)

少しは安心したものの、やはり緊張は抜けず、
あまりよく眠れないまま、当日の朝を迎えました。

すみません、続きます。
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【2010/10/29 23:57 】 | 再受験・合格まで | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
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